実は韓国テレビ界で高視聴率を記録する作品はほとんど日本には入って来ていない。なぜなら「日本人が悪役で、日本人が惨めな末路を辿るもの」ばかりだからである。
視聴率歴代1位の最高視聴率51.5%を稼ぎ出した『野人時代』というドラマは、「韓国が日本に併合されていた時代、韓国人の主人公が素手で日本のヤクザと喧嘩してボコボコにして勝つ」という韓国人の願望具現化ドラマ。
『嫁三国志』は、現代日本女が韓国に嫁ぎ、女の父親が「慰安婦、竹島、全て日本が悪かった!」と謝罪する痛い映画。このように謝罪する日本人を韓国では「良心的日本人」と呼ぶ。従って謝罪しない日本人は自動的に「悪人」ということになる。
『ムクゲの花が咲きました』は、韓国が日本を“核攻撃”する映画。どんな花が咲いたか知らないが、妄想の中で気分爽快なのだろう。「隣国を滅ぼす映画」を作る国民性はさすがの一言。
『愛乱』は、併合時代、朝鮮男と日本女が不倫してヤリまくる映画。朝鮮男が残虐な日本憲兵隊に射殺され悲劇的に死ぬ。
『対局』は、韓国の国宝級碁盤を狙う日本人と韓国人が囲碁で勝負して勝つという映画。
とにかくどうあっても「日本人が悪役」というのは、「おとぎばなしでは狼やキツネが悪役」というのと同じくらい、韓国では定着している。
メールにしろBlogにしろメッセンジャーにしろ、SNSにしろTwitterにしろ、いかにコミュニケーションコストを下げて容易に利用できるか、そして利用して多くの人に自分がかまってもらえるかというところが争点となってくる。
しかし、そのように面白いコミュニケーションツールというのは本当に優れたサービスだから面白いのだろうか。
コミュニケーションを実現するツールである限り「何を使っても実は楽しい」のかもしれない。だって本当に楽しいのはツールの向こうに仲間が居て人が居るというのが理由なのだから。
ここで逆を考えてみる。友人や知り合いを全く誘わないで、一人でそのサービスに飛び込んで黙々淡々と利用して本当に楽しいものだろうか。例えばメッセンジャーとかは知り合い同士でないと使えないからアウトだよね。BlogやTwitterとかは一人でも始められるけれども、そこで耳目を集めて地位を確立する(コミュニケートができるようになる)までかなりの力量と時間を要するのではないかと思う。本人の力量次第では誰の目にも触れることなくひっそり力尽きてしまうかもしれない。案外過酷な世界が待っているような気がする。
だから友人らを誘って、仲間内でくねくねしていると楽しいサービスというのは本質ではないんじゃないかと考えるのだ。
もしくは何らかの手段でサービス上で友達を作るととたんに楽しくなるパターンとか。MMORPGとかこの系統だね。
だから無友力が高くても使えるサービス、楽しいサービスというのが実は本物なのではないかと考えるわけだ。
全くの無名で友達が居なくて一人で始めても、アイディアと力量次第で皆の目を引き次第に知名度が上がっていく。そんな世界。
単なる個人サイト、WEBページなんかは完全にその世界なのだけれども、注目されるためのハードルが高くなりすぎてしまった。なので、もうちょっと埋もれた才能が目立ちやすくなるようなサービスが存在するとよい。
(中略)
本気で無友力を発揮しつつ利用できるサービスというのを考えると、実は一番有効なツールが「匿名性」であることに気がつく。匿名性の高いサービスは、知り合いが居なくても(ひょっとしたら居たとしても)関係なく疑似コミュニティを構成することができるのだ。
個人として評価される事は少なくなるけれども、発言の影響度は通常のそれを持ちつつ耳目を集めずともコミュニティーに参加することができる。
コミュニケーションコストを下げすぎて実力が隠蔽されネームバリュー以外誰もが同じ立場しか持ち得ないダダ甘コミュニケーションと違い、匿名性サービスにおける参加のしやすさというのは実力差をある程度残したままでのコミュニケーションとなり独特の地位を持つことができる。なので、匿名掲示版で「コンテンツ提供神」なる人物が存在しうる。
そう考えると「友達同士が面白い」という甘えが無い分、匿名利用できるサービスというのは難しく、かつそれが持つ面白さは本物なのではないだろうか。
Q. 好きな人に告白する言葉を教えて (小6・女の子)
A. 永先生:言葉は一番大切です。でも、好きな人に「あ、この子好きだな」とか「いい人だな」と思われるには、「おなべをいっしょに食べて同じものをおいしいと思う」、「夕やけを見て、両方が美しいなと思う」というような同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります。
例えば、「いただきます」とか元気な声で言っていると、それだけで「あの子いただきますって言ってるな。きっといい子なんだろうな」と思うじゃないですか。「あなたがすき」ですとか、「キミを僕のものにしたい」とか、「世界のどこかで待ってる」とか、そういうのはあんまり効果がありません。
「きれいだな、おいしいな、うれしいな」ということが同時に感じあえる環境が一番大事。だから、「好きです、嫌いです」という言葉ではなく、いい言葉を使っている子は好きになれる。「あの人ならこの言葉は好きだろうな」と思った言葉を何気なく使っているときの方がドキンとします。「あなたが好きです」というのは最悪な言葉です。
だから、いっしょの環境にいるときに同じ感動をする場面に出来るだけいっしょにいる。スポーツの応援でもいいです。そうすると、使いあっている同じ言葉にドキンとすることがあって、それが愛なんです。
自分でいうのもおかしいけど、ひとりでご飯を食べてておいしいことないです。ひとりで野菜を食べているときは本当にさみしい。やっぱり家族、好きな人といっしょのほうがいい。二人っきり、まずはふたりになること。きれいな言葉を使いあうこと、きれいなことに感動すること、ふたりで声をそろえて感動してください。
人間が変わる方法は3つしかない
1.時間の使い方を変える
2.住む場所を変える
3.付き合う人間を変える
この3つの要素でしか人間は変わらない
もっとも無意味なのは『決意を新たにする』ことだ
「根本原因というのは、事象の合理的な主原因であり、かつ、当事者にとってマネジメント可能なものを指すのだ。マネジメント可能、
というのが大事だ。経営者のレベルとか、経済不況とかは、マネージできんだろ。
トラブルが起きたとする。現象を調べてみる。すると操作ミスが引
き金になっていた。だが、操作ミスを防止するフェイルセーフが働かなかった。なぜ働かないのか? わざとオフにしていたのか、壊れていていざというとき効
かなかったのか、元からつけていなかったのか? --こういう風に、さかのぼっていかなければダメだ。きちんとたどれば、たいていは、マネージ可能な仕組
みか教育の問題に行き当たる。そいつが根本原因だ。
世間でよくあるトラブルの分析というのは、すぐに個人の資質を原因にしたがる。ミスの多い人
だったとか、スキルが低かったとか。マネジメントの問題でも、リーダーシップが足りないとかなんとか。しかし人間の資質なんて急に変わらない。スーパーマ
ンでなければ務まらないような仕事だとしたら、それは仕事の仕組み自体が間違っているのだ。」
20 名前: 集気ビン(中部地方)[] 投稿日:2010/03/07(日) 20:25:17.12 ID:nR152nH7
1ドットブロック崩し
http://wonderfl.net/code/d0dcc2f2d0f8012e42785ef71dab7da2abd5453d/fullscreen
27 名前: ドライバー(奈良県)[sage] 投稿日:2010/03/07(日) 20:30:02.22 ID:MnTLBBZ1
»20
また糞つまらんゲーム張りやがってν速の糞やろうがって思ってたけど、途中から神ゲーになったw
44 名前: 回折格子(東京都)[sage] 投稿日:2010/03/07(日) 20:48:52.40 ID:vVsfBtXw
»20
糞ワロタ
カオスだわ
146 名前: ジューサー(東京都)[] 投稿日:2010/03/07(日) 22:16:03.72 ID:aV1cUBj0
»20
予想外だった
474 名前: 両面テープ(長屋)[] 投稿日:2010/03/08(月) 07:08:49.22 ID:X1gD6O9f
»20
クリアしたときちょっと感動してしまった
.@koisyo_kaonashi 本日、確かにあなたが店長を務めるお店を訪問しましたが、まさかTwitterで訪問客を貶める感想を当日につぶやくお店だとは、心底驚きました。
--引用ここから
RT @koisyo_kaonashi: 今日勝間和代が来た。でも完全に浮いてた。軽く挙動不審だったしね。やっぱり大嫌いな有名人TOP3に入るわ。
--引用ここまで
あなたの残りのTLを読む限り、今日夜に訪問したレストランにほぼ間違いないと思いますので、それを前提にお話しします。
もちろん、一人一人のサービス提供者の方が、来訪した何を思うかはまったく自由ですが、それを外部の公開の場で自らの立場を明らかにしながらつぶやくとは、お客さまが見て、思い出が台無しになる可能性は考えなかったのでしょうか?
けっして、インターネットは匿名ではありません。今日のあなたのお店は、私の友人がていねいに調べて、何ヶ月も前からスケジュールをあわせ、アポを取ったところです。そして私たち4人は、おいしいお料理で、楽しくすごさせていただいたつもりでした。
さらに、スタッフの方々も細やかなサービスとていねいな説明をいただきました。
それが、店長であるあなたのひと言で、すべてが台無しになったのです。
私が挙動不審だった、というのは、おそらく、友人を待つ間、最初にどこで待つかということについてのあなたの質問に対して、うまくコミュニケーションが取れなかったことを指しているのでしょう。
完全に浮いていた、というのは、あなたがイメージするお店の雰囲気と異なっていた、ということでしょうか? 特に大声を出した記憶もありませんし、一番端の席だったと思いますが。
あるいは、こういうことを正面から反論すること自体をおっしゃっているのかもしれません。
私があなたのつぶやきをスルーできないのは、自分の未熟さであることは理解をしています。しかし、それでも、余りの悲しさに、声をかけることを止められなかったのです。
今後、あなたのお店に、まったくあなたの心の中を知らずに、私が行ったときに、私が友人を紹介したときに、あるいは、他の方が行ったときに、同じような不快な思いをしないよう、そして、おいしい料理の思い出が台無しにならないよう、どうか、よろしくお願いします。
レストラン サンパウの店長様へ
勝間和代